私の通っていた幼稚園の園長先生が、「日本一めんどくさい幼稚園」という本を書いた。今、通っている和光中学校も「日本一めんどくさい幼稚園」ならぬ、「日本一めんどくさい中学校」だと思う。3年間和光にいて、特にめんどくさいと思うことが2つある。
1つ目は、話し合いがとにかく多いことだ。小学校の頃は、個人やクラスが問題を起こすと先生が怒っていた。怒られた生徒は謝り、解決する。というやり方だった。それが普通だと思っていた。先生が怒るだけで問題が解決するなんて、めんどくさいの「め」の字も無い、単純明快な解決方法だ。
しかし、怒られた生徒は謝るものの、納得のいった顔をしている人を見たことがない。小学校は楽しかった。しかし、小学校は平たく言えば、先生が生徒を押さえつけるようなやり方だ。このやり方は、めんどくさくない。めんどくさくないからこそ、得られるものが少ない。薄っぺらいと思う。しかし、和光中学校は違った。カルチャーショックを受けるくらい世界が違った。とにかくめんどくさい。和光の話し合いは、数学や理科などで答えを導くために話し合うのはもちろん個人の問題も、クラスの問題も、学年の問題も生徒が話し合う。問題解決のための話し合いには、明確な答えがない場合もある。1人1人の意見は、その人なりの正解だ。しかし、1+1=2のような、明確な答えはない。だから話し合いのテーマから脱線したり、ダラダラ話し合うこともあった。何度も「なんでこんなに小さいことで話し合うんだ…」と思った。
和光のめんどくさいところ、2つ目は和光が「自由すぎる」ということだ。ルールに縛られるのは嫌いだ。しかし、自由だと自分でやるべきことを考えなくてはいけない。和光は自由すぎて、自由に行動することが逆に難しかった。とくに部活は、自由練習の時何をしたらいいかわからなくて困ることもあった。私は人から言われたことをやるだけで自分でやるべきことを考えることができていなかったことに気づいた。
和光はめんどくさいことだらけだ。しかし、めんどくさいからこそ、得られたものがたくさんある。そのうちの3つを話そうと思う。
1つ目は、たくさん話し合ったことで、いろんな視点から考えることの大切さに気づいた。例えば、秋田の前の学年総会でのことだ。「なぜ迷惑行為をやめないのか」という質問に対し、「あまり注意されない。だから注意して欲しい」と言う意見を聞いて、困っている側も注意できていないことに気づいた。また、いろんな視点から考えるためには意見を出さなくては成り立たない。本音で意見を交わし、話し合うことでお互いに納得のいく結果に近づく、ということにも気づけた。
2つ目は、自分でやるべきことは何か、考えるということだ。なんでも人に聞いているばかりではなく、自分で考え行動するほうが記憶に残りやすく、考えて行動したことが実った時は、心の底から喜べる。
3つ目は、自分と向き合うということだ。
私は和光に入って、自分について考えるようになった。その中で1つ考えついたことがある。それは、私の優しさは「弱さ」ということだ。私は、「ありがとう」って言ってもらえると、うれしいし、助けてよかったって思える。これは紛れもない本心だ。しかし、これがすべてではなく、ほんの少しだけ、心の奥に「誰かに認めてもらいたい」って思っている部分がある。これは自分の弱さからきていると思う。私の弱さは「自分に自信を持てない」というところだ。私は「優しさは弱さ」を脱却して「優しさは強さ」に変えたい。そのために自分に自信を持ち、堂々としている人になりたい。
小学校のころはなんでこのルールがあるんだろうって思ったことはあまりなかった。日常の中でこれはおかしいと気づくこともなかったと思う。和光中学校で学力だけでなく、人生をよりよくするための考える力を身につけることができた。私はこの「日本一めんどくさい中学校」に入学できてよかったと心の底から思っている。
『私の主張』発表より
テーマ❶「和光の人」
Hさん「和光生は自己肯定感が高い。それがいいなと思う。みんな自信にあふれているよね。それは学校が楽しいからかな。」
Nさん「みんな自分のことがわかっていると思う。自分の苦手なこともわかっているからいい人なんじゃないかな。」
Oさん「確かに。自分の良いところもわかっているから自分の意見も持っている。自分の考えを文章にして書くことも多いし、授業中の発言も多いからみんな凄いなって思う。」
Hさん「そうそう、なんでも書かされる。学年集会の後も入学式の後も書く。国語の授業で書く量はハンパないよね!」
Sさん「入学当初は本当のキモチを書くということに慣れなかったんだよね。でも、段々とみんなの文章を読んでいくうちに、感想というのは意見交換で、自分の気持ちやその理由を書くものだということを知った。一人ひとり違う感想文にびっくりしたけど、書いてもいいんだと思うようになったんだ。」
Hさん「先生たちも本気で読むよね。」
Nさん「感想だけじゃなくて、振り返って書くことも学ぶよね。自分が何を考えて、何をしたかを書くから読んでいて楽しいし、他の人の気持ちがわかったり知ることになる。」
Hさん「そうだね、個人総括文も書くしね。作文発表会はいつもふざけている人が真剣な面を見せたりして、そうやって人のいろんな一面を知ることがあって面白い。」
Oさん「人の文章力の高さを知って驚くこともある。あと、一見自由をはきちがえているように見える子が、実は素朴というか、人のことを想っているということがあって感心する。考えてるというか。和光生ってはっきり気持ちを言ってくれたり、言葉がストレートだったりする。この前ね、選挙演説の時に立候補した子が自分の思いとその言葉の裏にある理由をはっきり言っていて、自分のことをわかったうえで、他の人のためにどう動けるを考えているってことがわかって信頼できると思った。」
Nさん「言葉に責任があるよね。」
Kさん「和光にいると、みんな考えを受け入れてくれるから安心できるし、話しやすいんだよ。否定的な意見もあるけど、それをつぶそうと思う人たちじゃないから自分の意見も言える。授業でもそういう雰囲気だから発言できて成績も上がった。」
全員「お~。」
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テーマ❷「和光の学習」
Oさん「中学に入ってテスト範囲の広さには戸惑った!慣れたけど。和光は授業も面白いし試験問題を解いていて楽しいって感じたりする。」
Hさん「順位をつけたり貼り出したり、勉強の格差をつけないのが和光。テストの後はお互いに点数を言い合える素直さもあるよね。」
Kさん「教科書に載ってないこともまで勉強するのすごくない?」
Hさん「教科書以上のことをやってるよね。社会の授業で学んだことで自分の生き方が変わったもん。毎日帰ると必ずニュースを見るんだけど、その日にあった出来事を知って授業内容を振り返ったりすると、学んだことと繋がって、もっと知りたいと思って自分で調べることが増えたもんね。」
Oさん「自分で買う商品を選ぶようになったよね。社会参画してるってことかな。」
Nさん「学校の友だちと社会のこととかを話せるってめっちゃ嬉しい。少しでも考えがある人が周りにいるから、新しいことも知りたいと思えるし、もうとにかく幸せ。」
Hさん「そうだね。休み時間に友達とか先生と社会情勢について話したりして盛り上がってる。」
Oさん「和光にはさ、興味が持てるような授業があって、環境があるんだよね。あと、和光には身内感というのかな、先生との距離が近いのも好き。」
Hさん「理不尽なルールが一切ないのもいいよね。」
Nさん「それについて言うと、何事も疑問に思わないことを当たり前にしている人が社会にいるのはなんでだろう。安心感?」
Hさん「声を上げることを知らないんじゃない?学校の言うことが全てだという環境がつくられるのは違うってことかな。」
Oさん「和光は先生と仲良しなのがいいよね。友達ではないけど。なんて言うか、その人の人生を背負って生きている人だと思って接してるかな。」
Hさん「対等だよね。相談できるし、疑問に思うことはどうなんですか、って言える。」
Nさん「先生も生徒から学ぶことがあるって言うし、生徒を尊敬して見てるってわかる。尊重か。違うと思うことは意見してくれるし。」
Oさん「互いに意見を言うからフェアな態度でいられる。」
Sさん「大人になった時に先生の名前を覚えていないってことは、和光ではないよね。」
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テーマ❸「和光の自由」
Hさん「私はね、生きるためには幸福感がないと生きられないの。その幸福感を得るためには自由は必要。自由があると人と人はぶつかるけど、それは当然のこと。その中で共感もあるけど、人と人がぶつかることをまずは受け入れることが大事だと思う。話し合うと他の人の考えや行動の理由が見えてきて、それによって自分自身を振り返ることもできる。その気付きがないまま終わってしまうとどうしても相手を非難するだけでどちらも不完全燃焼で終わってしまう。それはどうかなって思う。人だから合わないとか嫌いという感情はあるけど、互いの意見を聞き合う必要はあると思う。和光生はみんな幸せに生きていて、その環境は大事だし、そこが幸せじゃないと自分の身も心もずたずたになっちゃうから不安になると思うんだよね。」
Oさん「和光の良いところってこれだよね。」
Hさん「発表体験も発見。自分の人生の転機にもなるし、何かのきっかっけにもなるし救われることがある。それで言うとね、1年生の学級演劇ってかたちにしないといけないじゃない?でも初めてのことだから練習でダラダラする子もいて話し合いをすることになったの。その時にクラスメイトの子が泣きながら、一緒に頑張ろうって声掛けしてるのに感謝してないのが悲しい、って言ったんだよね。その状況を外から見るとその子がただ怒ってるだけに見えるけど、その子の思いを聞くと言葉の裏にある気持ちが見えたの。HRとか生徒総会とかでもそういう話し合いができる。」
Oさん「和光には自由があるから自己肯定感も高まると思う。」
Hさん「違いを受け止めたり受け入れるという雰囲気が和光には当たり前にあるけど、服装もそう。見た目の自由もそうだけど、意見を言える権利があることを学ばないといけないと思う。和光では権利の行使とかについて学べることがいいな。」
Nさん「世の中ではあるはずのものが見えづらくなってると思う。色々な違いがあるはずなのに。」
Oさん「いろんな視点で物事を教えてくれるから、生徒が考えることができるよね。それが本当に大切だと思う。」
『生徒会オリジナル・パンフレット』より
農業体験をする、私の秋田学習旅行への認識はそれだけだった。けれど今なら、その頃の私の認識は浅はかだったと、秋田学習旅行には和光中学校だからこそできた、私たちの想像を超える素敵な出会いと貴重な経験が凝縮されていると、胸を張ってそう言える。
私が秋田の出会いの中で学んだことは大きく2つある。
一つ目は“はたらく”について。
農家さん家での作業はとても大変で、帰りは毎日くたびれていた。そんな私たちに農家の輝子さんは毎日「よく頑張ったね、ありがとう」と声をかけてくれた。帰りのバスではとても疲れて汗でベトベト、それでもその疲れを心地よいと感じられた。不思議だった。言葉では表し難い不思議な気持ち。
「誰かを幸せにできるとしたら、きっとそれが一番幸せなこと」入学式で聞いた言葉のように、この気持ちになれたのは輝子さんの「ありがとう」の一言で「私たちが輝子さんの役に立てた」「幸せにできた」と思えたからだ。
出発前に先生から聞いた働くという言葉の意味、“傍の人を楽にすること”。私は誰かを幸せにできること、楽にできること、そこに働くことの楽しさを見出すことができた。
二つ目は食と農業について。
農業は自然の影響を大きく受ける自然相手の仕事。事前学習では、地球温暖化による気候の変化にも対応しなければいけないことや、農業就業人口の減少で農家さんの高齢化が進んでいることを学んだ。現に、輝子さんには後継者がおらず、継いでくれる人を探すと言っていた。けれど、こんな大変な職業に進んで就く若者は果たしているのか。自然相手で収入が安定しない農業よりも収入の安定する会社勤めの方が良いのではと考えてしまう。それでも、農家さんが「おいしい食材を届けたい」と手塩にかけて作った食材は本当においしい。そのおいしさを知ってしまったから、そんな食材を食べたい、日本の農業は大切だ、そう思う。だから、農業を取り巻く問題は深刻だけれども、自分の体を作る食べ物のこと、農業のことをきちんと自分事として考えなければと思った。そして私は食卓に並ぶ食材一つ一つに農家さんの努力がたくさん詰まっていることを忘れずに、農家さんへの感謝を伝えるためにも心を込めて「いただきます」を言いたい。
秋田学習旅行は私のこれまでで最も時の流れが早い6日間だった。それだけ毎日が出会いと発見、学びに満ち、充実していた。生い立ちも暮らしも環境も違う私たちが出会い、違いを受け止め合いながら新たな発見を得て、共に学び、生活したこの6日間は私のこれからの根幹を支える基盤となるだろう。
『秋田学習旅行文集』より